人生百年時代に、五十にして天命を知る

9月15日に発表された日本の100歳以上人口が、107,677人と、ついに10万人を超えた。男性13,379人、女性94,298人と女性が圧倒的に多い。1963年は153人だったので、なんと704倍である。本当に人生百年時代を実感する数字である。因みに男性の平均寿命が81.35歳、女性が87.33歳である。

孔子の論語に有名な、「子曰く、吾十有五にして学に志し、三十にして立ち、四十にして惑わず、五十にして天命を知る、六十にして耳順う、七十にして心の欲する所に従いて矩を踰えず。」がある。

口語訳は「先生が言われた。私は15歳で学問に志し(志学、しがく)、30になって独立した立場に立ち(而立、じりつ)、40になってあれこれと惑わず(不惑、ふわく)、50になって天命をわきまえ(知名、ちめい)、60になって人の言葉が素直に聞かれ(耳順、じじゅん)、70になると思うままにふるまって道を外れないようになった(従心、じゅうしん)」である。

私は自然年齢の七掛けくらいが、今の我々の実感ではないかと考えてきた。

そこで孔子の論語と私の七掛け人生を掛け合わせてみた。

志学は15歳だから、現代の21歳5か月にあたる。丁度大学3年生の時の12月で、新宿教会の初代大学部長を受けた時にあたる。そのころから、急速に佼成会の活動にのめり込んでいった。

而立は30歳だから、現代の42歳9か月にあたる。サンフランシスコ教会長就任2年目である。会長先生に「無常」の真理の認識を深め、応用するようにと諭された年である。以来十年間すべての現象や法門を「無常=常に変化する」という真理の普遍化と捉えて修行した。

不惑は40歳だから、現代の57歳1か月にあたる。時務部長から杉並教会長就任頃である。まだまだ迷い多き頃であった。理想通りにはいかないものだ。

知名は50歳だから、現代の71歳5か月にあたる。徳島教会長に就任して2年目の昨年の正月ころか。自分が今世において何をなすべきか天命がなんとなく見えてきている。「目の前のたった一人を救う」という駆け込み寺玄秀盛さんのスピリッツに触発されて、法華経行者として、衆生無辺誓願度・仏道無上誓願成の人生を歩むことかなと。光祥様から時々二弘誓願でないかと冷やかされるが、私はあとの二つは会長先生にお任せしているとお応えしている。

耳順は60歳だから、現代の85歳8か月にあたる。丁度教団創立百周年の年だ。その頃には人の言葉に素直に従っていけるだろうか。そこを目標に生きていきたい。

因みに従心は70歳だから、現代の100歳にあたる。思うままにふるまって道を外れていないか、それともそこまで生きていないか、はたまたボケているのか。神仏のみぞ知る世界である。

写真 『菅沼の夏の緑に癒される』