徳島の障がい福祉の原点♿

今年、徳島車いす友の会が発足50周年を迎えた。半世紀に渡り活動されてきた裏側には、車椅子生活を余儀なくされた一人の女性の、障がい者だって自由に街に出てみたいと言う、素朴で人として当たり前である想いがあった。その想いに賛同し、協力を惜しまない人々が集まり発足した。

まだボランティアという言葉が聞き慣れない時代、バリアフリーなんてない時代に、重度の障がいを持つ彼女は、行政そして障がいを持つ方々に対し、障がい者の権利を守るよう、一つ一つ大きな壁を壊すよう真摯に取り組んだ。徳島の障がい者用トイレ、歩道の整備、歩道橋のエレベーターは彼女が行政に対し設置するように訴えた。何度も何度も話し合いをし、聴覚障がい者、視覚障がい者にも優しいまちづくりをと、聴覚障がい者団体や視覚障がい者団体に声かけをし実現された。そこには車いすで街を歩く人と、視覚障がいを持つ方の街を歩く人の違いにも、配慮された街づくりになった。

行政担当者の中には「自転車が通れるのだから車いすも通れるはず」と言う心ない人もいたが、歩道は雨の排水を考慮してアーチ型になっていて、車いすでは通りづらく整備されていた。そんな時は担当者に車いすで街を歩いてもらって、不便であることを体験してもらっていた。どんな時も明るく前向きに取り組む姿は、私にかなりの影響を与えてくれ、諦めない気持ちが大切であることを教えてくれた。

また、友の会は障がい者にも旅行ができるようにと、公共の交通機関を使って汽車旅行やバス旅行を実施した。JRの職員と話し合い、年一度は障がいを持つ方々に車両を貸し切り、機会を持てるように計画を立て行った。教会では明社の方に協力をしてもらい、日和佐に旅行を楽しんだこともあった。JRにも大きな影響を与え、今後、障がいを持つ方々が気軽にJRに乗れるような時代が来ると配慮してくださる事になった。

時には小学校に出向き、学生に障がい者のことが理解できるようにと、学校ボランティア教室も定期的に行われていった。今では障がいを持つ児童が地域の学校に通えるのも、彼女の想いからではないのだろうか?という気持ちになる。そしてその想いは引き継がれている。

今では、福祉用具、まちのバリアフリー化など発達しているが、当時は階段では三人がかりで車いすを持ち階段を登っていた。

彼女には、いろいろ教えてもらった。そんな時代に友の会の一員として活動させていただいたことは私の誇りであるといっても過言ではない。

彼女は徳島の福祉の貢献者であり、徳島の福祉の礎を気づかれた一人であると思う。障がい団体が今彼女の意思を継ぎ、多くの子どもたちが抱える障がいを社会に理解してもらおうと奔走している。その団体の一つに、聴覚に障がいがあっても、徳島の伝統を守るために阿波踊りを通じて社会参加をしている「すだち連」(発足47年)がある。耳の聞こえない方がどうやって音を聞くのだろうと思われるのだが、聞くのではなく感じるのだと言う。大きな太鼓の音を感じて踊るのである。発足当初は鐘は大きなフライパンで、音を感じて踊るように配慮をされていた。発足記念式典には「すだち連」の子どもたちが盛大に場を盛り上げてくれた。

会員も高齢化進んできたが、車いすの方々による街づくりは続けられいる。

by よしえ