最近、宇宙物理学者の佐治晴夫さんの「宇宙のかけら」というご著書に面白い記事があった。
少し長くなるが紹介する。
「生まれたばかりの赤ちゃんには自分と他者との区別がありません。『母親の胎内がすべて』だからです。しかし、生まれた後にお乳を飲み始めると、自分ではない別の存在がいることに気づきます。『自分』と『母親』の区別です。それが、数の『1』と『2』。そして自分と母親以外の第三者の存在、例えば、父親など他者との出会いから生まれる認識が『3』です。
このように『1・2・3』という数の感覚は、生後間もなく形成される基本的認識力だと考えられています。私たちにとって、数えなくても瞬時に理解できる最大数は3までだといわれていますが、その理由は、大人になっても生まれた直後の記憶に支配されているからなのかもしれません。人間の誕生と数字の誕生の間にも、深いかかわりがあったなんて不思議ですね。」

いかに生後直後の経験の記憶が大切かということを考えさせられた。
先日、知り合いの保育園のお仕事をされている方に伺った。その保育園では、ゼロ歳児保育を受け入れていて、今年は13人が4月1日に入園したそうである。最初は1時間保育、それから1時間半・2時間保育と順々に時間を伸ばしていく。その間、あっちこっちで鳴き声のオンパレード、保育士さんたちはてんてこ舞い。しかしそれも2週間ぐらいで落ち着いてくるそうだ。子どもたちが慣れてくるのだという。
佐治さんの本を読んでいたので、子どもたちはどんな心境なのだろうか?とふと考えた。確かに赤ちゃんたちは、泣くしか意思表示しようがない。それは空腹かもしれないし、おむつが汚れているのかもしれない。しかし、一番の思いは、『2』と認識している母親と離れることへの不安・恐怖感ではないのかと。情緒の安定・根本的な安心感の醸成という視点で考えるとどうなんだろうか?
もちろん男女雇用均等法以来、女性の仕事復帰が重要になってきている。大人の都合からしてみると、ゼロ歳児保育は必然なのであろうが、果たしてどんな社会ができるのだろうか。考えさせられる。
6月には私の次女が初出産する。娘の職場では一日でも早く職場復帰してくれとのこと。一抹の心配を覚えるのは親馬鹿なのだろうか?
