夢千代日記

NHKのBS放送で「夢千代日記」の再放送があり、食い入るように見た。
舞台は山陰のひなびた湯村温泉。芸者置屋の女主人の吉永小百合さん扮する夢千代の日記風物語。胎内被爆者の夢千代は余命いくばくもない。夢千代を中心に冬の日本海、余部鉄橋、温泉場のもの悲しい雰囲気、そして暗くて重い話の連続が妙に我が故郷鳥取へのノスタルジーを強烈に掻き立てる。

秋吉久美子さん扮する芸者金魚の体当りの山陰方言が実に心地いい。音楽は樹木希林さん扮する芸者菊奴さんが歌い、夢千代さんらが踊る貝殻節ばかりというのもまた山陰の情緒そのもの。貝殻節そのものが悲しい民謡なのである。

原作者の早坂暁氏は原爆投下直後の広島の惨状を目撃している。原爆反対を声高に叫ぶよりも、やわらかい色物の世界に被爆した女性を登場させた方が、人の心に訴えるのではないかと考えて創作したと、最近知った。なるほどと思ったが、私の心はほとんど故郷に飛んでいた。ドラマの初放送は昭和56年の2月15日であった。当時はそんなテーマがあったとは深く理解していなかった。

さて、懐かしい話をしたのには訳がある。

理化学研究所(理研)脳神経科学研究センター思考・実行機能研究チームが、なじみ深い記憶(既知の情報)と新しい記憶(未知の情報)に対する自信(確信、確からしさ)は大脳皮質後部頭頂葉で統合され、評価・判断されるという実験結果を発表したという記事をたまたま見つけたのである。

夢千代日記の馴染み深い記憶は、山陰のうら悲しい情緒である。新しい記憶は原爆の悲惨さを情緒に訴えたというものである。

44年という年を経て、二つの情報が私の中で統合された時に何を思ったのか。核兵器禁止条約の締約国会議にノーベル平和賞を受賞した被爆者団体協議会の皆様や多くの国民の願いも虚しく、オブザーバー参加さえもできない決定をした、山陰の鳥取県初の首相である石破茂首相のもの悲しい思いを想像した。絶好のチャンスを逃さざるを得ないという被爆国日本の置かれたやるせない状況である。

開祖さまなら宗教協力による平和活動の豊かな経験を踏まえて、被団協がノーベル平和賞を受賞したという新たな経験を統合されて、思い切った行動を促されたであろうと、夢千代のような悲しい思いに浸る私だった。