今日も楽しくど真剣に

先日、東北地方に住む古い友人から、数編の資料を頂戴した。その一つに、稲森和夫さん著の『生き方』の抜粋1ページがあった。改めてなるほどと唸った。稲盛さんに薫陶を受けた六花の会の生みの親・福永正三先生から何度も聞かされていたエピソードでしたが、心に響くものがあった。

テーマは「求めたものだけが手に入るという人生の法則」でした。稲盛氏は、「その人の心の持ち方や求めるものが、そのままその人の人生を現実に形作っていくのであり、したがって事をなそうと思ったら、まずこうありたい、こうあるべきだと思うこと。それも誰よりも強く、身が焦げるほどの熱意をもって、そうありたいと願望することが何より大切になってきます。」と述べている。

稲盛氏が若い時、当時神格化まではされていなかった松下幸之助さんのダム式経営(ダムが洪水や日照りに備えて、水量を一定にコントロールするように、経営も景気の良い時にこそ、悪い時に備えて蓄えておく、余裕のある経営をすること)の講演を聞かれた。会場に何百人もいた中小企業の経営者たちの不満の声がさざ波のように広がったそうだ。そこである男性が、「確かにダム式経営ができれば理想だが、どうしたらそれができるか方法を教えてくれないと話にならない」と松下さんに質問というより、不満をぶつけた。

これに対して、松下さんは温和な顔でしばらく黙っておられたが、ポツリと、「そんな方法は私も知りませんのや。知りませんけども、ダムを作ろうと思わんとあきまへんなあ」とつぶやかれた。答えになったような、ならないような松下さんの言葉に、他の方々は益々失望したが、稲盛さんは違った。体に電流が走ったという。松下さんから重要な真理=「その人の心の持ち方や求めるものが、そのままその人の人生を現実に形作っていく」を教えてもらったと述懐されている。

だから、福永先生は「ど真剣に」という言葉をよく使われた。

我々も開祖さま・会長先生から法華経の教えを通して、自分も仏の子であり、みんなも仏の子であり、みんな仏性を持っている菩薩であると繰り返し、繰り返し教えて頂いている。教えて頂いているだけにとどまらず、人にもそう伝えているのではないか。

では、ど真剣に本当に自分の魂の底まで、自分は仏の子であるということを信じているのであろうか?いろいろな状況が目の前にぶら下がって、なかなかそう思えないという方もおられるのではないだろうか。

さらに我々の所依の経典である法華三部経には、私たちは仏の子であるということと、同時にもう二つのことが繰り返し繰り返し、述べられている。

一つは、我々は具体的に六波羅蜜の修行をすることだと。特に仏滅後の六波羅蜜行は大切だと。布施・持戒・忍辱・精進・禅定・智慧の六つである。開祖さまは特に最初の布施行が大事だと教えて下さる。布施には財施・身施・法施、無財の七施がある。特に何かと思い煩うことの多い現代社会において、財施は自分自身の執着を手放すためには特に大切な行であると思う。

もう一つは、法華経に功徳が満載だということが随所に述べられている。法華経は別名を功徳経とも言われているほどだ。読めば読むほどありがたくなってくる。

開祖さまは今年生誕120年の大還暦である。この三月は教団創立の月。開祖さまは東京に出られてから、15年間、人を救う教えを求めてこられたからこそ、法華経との出会いは大感激だったのでしょう。

私は開祖さまのおっしゃることを素直に信じて行く。遅まきながら今世のうちに、開祖さまが見ておられた世界(みんな仏の子と見、人さまに六波羅蜜の実践を促し、功徳に溢れていると確信する大安心の世界)に、楽しく楽しく楽しく、一歩でも二歩でも近づきたいと強く願って生きている今日この頃です。