秋の彼岸は「先祖を敬い、亡くなった人を偲ぶ日」とされております。徳島教会でも9月21日に國富教会長さんご導師のもと、21名の教師資格者の方々がたくさんのお戒名を心を込めて読み上げて頂きました。
そのあとで会員を代表して鳴門支部の現役大ベテランのO主任さんの体験説法を聞かせて頂きました。説法には徳島教会の草創期に大活躍され、一時は所在さえも分からなかったH支部長さんの事が思いがけない形ではっきりと分かり、そのご遺族の方と再び縁がつながった喜びを分けて頂きました。当日はそのご遺族の方も山口県岩国市から来られ、一緒に彼岸会のご供養にも参加してくれました。その姿を見たときH支部長さんの現役の頃の大きなまん丸の笑顔が見えたような気がしました。
また、この日のお供物は皆様の真心でご宝前いっぱいにお供えさせていただきました。『暑さ寒さも彼岸まで』の言葉のように残暑の中に爽やかな風が吹いたような「秋季彼岸会」でした
byてっちゃん母
玄秀盛さんのお話から学んだこと
今回の平和学習とは別になりますが、玄秀盛さんのお話を聞く機会をいただきました。
玄さんのお話は非常にためになり、どの言葉も的確で核心を突いていました。ボキャブラリーも豊富で、言葉の一つひとつが人の心をつかみ、聞いていて引き込まれるようでした。
お話を伺いながら、「結局、変わるのは自分しかいない」という言葉が強く心に残りました。気づけるうちに、変われるうちに変わることが大切なのだと実感しました。
もし玄さんが親に恵まれず、今とは全く違う境遇であったとしても、日本で成功していたのではないかと思えるほど、強い生きる力を感じました。もちろん「成功」は他人が決めるものではありませんが、玄さんの生き方はまさに「生きる教科書」のようで、心から尊敬できるものでした。
こういう人の話は、自然と耳と心が開きます。なぜなら机上の空論ではなく、現実を生き抜いてきた真実のお話だからです。お話を聞くほどにもっと知りたい、もっと学びたいという気持ちになりました。
厳しい言葉を投げかけられても、「何くそ!」と思うのではなく、感謝の気持ちが湧いてくる——そんな経験はそうそうありません。「こんな自分と真剣に向き合ってくれた」と思うと、ありがたさで胸がいっぱいになりました。
玄さんのお話を通して、今後も自分自身を見つめ、変化を恐れず歩んでいこうと強く思いました。
きょーすけ
【玄秀盛氏 講演会感想】
道場に現れた時点で、非凡な人物オーラ全開な方であった。幼少の頃から幾度となく、住居と母が代わり、並々ならぬご苦労をされ、世の中の表も裏も知り尽くし、修羅道を歩まれたのち、行きつかれた先が天台宗 酒井雄哉阿闍梨の仏弟子であったという。そこで本質的な救われの道を会得。菩薩行に挺身され、これまでに人生の路頭に迷う人々を救われた数は五万人を超えるとのことだ。玄氏を手本に生きていきたいと思わされたご講演であった。
辰巳登司雄






