最近の気づきを感じるままに呟いてみます。
徳島教会の今年のテーマは3年連続で、「目の前の人に寄りそえる私になる」です。目の前の人に寄りそうには、まずは相手の人の話をよく聞くことと決めました。ところが、言葉で言うと簡単ですが実際は(聞かせてもらおう)と思っていても、自分のほうが相手よりも多く話をしてしまう・・ということがよくあります。
そこで、具体的な実践目標として「人と話すときは『聞くを8割!をこころがけよう』」としました。
しかし、これも黙って、ただ聞けばいいということではありません。人の悩み・苦しみを聞かせて頂きながら、自分の頭の中で「こうすればいいのになあ」という解決策を思わないことです。今、目の前にいる人が自分の気持ちを自分でトレースできるように聞くことがポイントだと光祥様から教えて頂いています。
こちらは、相手の話をそのまま受け入れ、そして自分の今の心を見つめながら、相手のための心を用意して、相手が気付くような縁になればいい。自分は感ずるところだけを述べて、相手が自分で気づくように聞けばいいと。相手を変えようとしないで、相手をこちらがワカリ、相手自身が自分でカワルことが大切であると教えて頂きました。なぜなら、すべての人が仏性を持っていると心底信じられたら、仏性つまり気づく力をみんな持っているなら、別の表現をすると、法華経を実生活の中で実感的に捉えるなら、相手を信じて触れていけばいいのですね。
その為に「手放す」ことを意識して毎日を送る訓練をするといいとも教えて頂きました。徹底的な断捨離と理解しています。自分の経験知や固定観念そして自分の常識などから一度離れるということでしょうか。現代風の言葉で言えば「アンラーニングのすすめ」でしょうか。
最近一か月間ほど、ある勉強会に出させて頂きました。先生から私のことを次のように評価して下さいました。
思いっきりよく捨てられる勇気が素敵な國富さん。
先を見通す力もあるので、ばしっばしっと決め手をうつのもお上手ですが、
ときには、落としどころを決めずに
進んでみるのもよいかもしれないですね。^^
ぜひ、少年のような冒険を!
この言葉はとても嬉しくて、勇気が湧いてきました。本部でずっと落としどころを考えながら物事を進めてきた習慣をアンラーニングすればいいと。とても心が軽やかになりました。まさに、先が見えないことを喜びながら、少年のような冒険をワクワクしながらやってみようと思います。
先々月ですがこんなことがありました。西条での教会長会議から帰ってきて、翌日から東京出張もあり、その日中にどうしてもパソコン上の資料をコピーしなくてはいけない状況でした。そこでパソコンから教会のコピー機に転送しようと、何度やってもエラーが出てくるのです。コピー機が調子悪いと思い、困り果てて、コピー機会社に電話して無理に修理をお願いしました。
すると修理専門の方が電話で対応してくれることになりました。先ずは私のパソコンを開いて、色々と指示が来てその通りしました。すると相手はパソコンには問題なさそうですねということ。次にコピー機に行ってくれと、そして丁寧にコピー機の操作の指示が来ました。するとコピー機も問題ありませんねということです。それではもう一度パソコンに戻って下さいと指示。そして、Wi-Fiの接続状況などはどうなっていますかとの問いに、ハタと気が付いたのです。

私は教会長会議に持参していたポケットWi-Fiをパソコンにつないだままではなかったかと。そして、教会のWi-Fiネットに繋ぎ直しましたら、見事パソコンからコピー機への接続が上手くいくようになったのです。
教会のネット環境と違うポケットWi-Fiを使っているという、自分でも忘れていて、意識の表面にも出てきていないことであり、なおかつ相手も全く知らない状況でした。それでも相手が丁寧に私の操作に対し順を追ってトレースしてくださったおかげで、途中に自分で気が付いたのです。まさに業者の方が、私に対して丁寧に私の状況を思い浮かべながら、私の立場に立って「聞くを8割」のふれ方をしてくれたお陰様です。とてもスッキリしました。
これだ!と思いました。相手が自分で気が付く縁になるとはこういうことなのだと実感しました。
今後とも試行錯誤しながら、「聞くを8割」に磨をかけていきたいと思っています。