セレンディピティという耳慣れない言葉がある。
「思いもよらなかった偶然がもたらす幸運」を意味する言葉でもあり、さらには「幸運な偶然を引き寄せる能力」という意味で使われることもある。
何かを探している時に、探しているものとは別の価値あるものを偶然見つけたり、予想外のものを発見したり、素敵な偶然の出会い、というようなことが人生を振り返ると間々あるのではないか。
1975年5月3日、私は翌日からある新宿教会青年部の七面山練成の祈願供養で大聖堂の6時のご供養に参加していた。2階食堂で、当時の早稲田支部支部長で私のことを実の子供のように可愛がってくださった、松田浩一支部長さんから、親戚にあたる私の生涯の恩師・月岡淑江鳥取教会長さんが、上京して養成館にいるから会ってきたらと促された。私は友人の横江隆君(未会員)と一緒に養成館の905号室を尋ねた。(なぜか部屋番号まではっきりと覚えている)
コンコンとドアを2回たたいて月岡さんがいなければ、そのまま帰ろうと決めていた。ところが、中から月岡さんの声が聞こえた。そして、「あなた丁度いいところに来た。これからいいところに連れて行ってあげる」と。連れていかれたのが行学園二階の学林の応接室であった。もちろん横江君も一緒だった。そこに当時の小林課長・斎藤主任・外山講師がいた。それから私の学林入林試験の受験の話があれよあれよという間に決まった。
帰り道横江君もきょとんとしていて、キツネにつままれたような二人であった。帰り道に何を話したかは覚えていない。その後が大変だった。受験を決めてから、親を説得しなくてはいけなかった。そもそも4月末日の願書申し込み締切は過ぎていた。
大慌てで健康診断なども受けたような気がする。その後の具体的なことは省略するが、私の人生の岐路に何故か未会員の横江君がずっと同席して、眺めてくれていたことも不思議だ。彼とはその後たまにお会いすることがあり、この時のことを尋ねると、不思議だったと一言。
思えば、その年新宿教会の大学部長のお役を頂き、七面山登山には何かあると信じて、仲間と猛烈に手取修行をしていたピークのタイミングであった。未会員の横江君をはじめ多くの大学の友達・下宿の友人も七面山にお誘いしていた。
丁度その時の月岡さんとの出会いであった。月岡さんはずっと私に願いをかけていたみたいだった。その日の不思議な出会いがなければ、今日の自分はいない。まさにセレンディピティの体験である。
さて、セレンディピティの話をしたかったのは、実はつい先日、呉教会から元徳島教会のご夫婦が訪ねてきてくれた時の出来事を紹介したかったからである。
その日私は事務室のある二階で拾いものをした。一階にいる方が忘れ物をしたのではないかとその品物を届けようと、一階に降りた。その時、くだんのご夫婦が丁度靴を脱いで入ってこられた瞬間であった。まるで私が最初から分かっていて、迎えに降り立ったような対面であった。そのドンピシャリさに驚いた。ちなみに私が拾ったものは全然関係がなかった。
御宝前でお参りして頂いた後、少しお話を伺った。海上自衛隊で、2年前まで小松島の基地におられ、今は呉にいて、2年後くらいにまた徳島に戻って来られるとのこと。当時のこと、今のお仕事のことなどに話の花が咲いた。
そんな話をしていると、その日偶然参拝されていたF主任さんが現れ、バッタリご対面。聞いてみると、主任さんはそのご夫婦が小松島にいた時の担当主任さんだった。対面するのは初めてで、ご夫婦が出かけた時にうっかり鍵をつけたまま出かけていたのを、主任さんが佼成新聞を届けに行ったときにたまたま見つけて、ドアの中に入れてくれていたこともあり、そのときのお礼もできた。
さらには、今ご夫婦が呉教会で所属している支部の支部長さんが、今夏呉教会から転入されてこられたご家族のお母さんだということ。これまた不思議だねえということになった。
こんな不思議な出会い、ウィンウィンの関係がセレンディピティの実際かなと思う。
(写真)知人に姫路城の隣の好古園の紅葉が奇麗だと紹介され、行ってみた。まさにセレンディピティ!