思いやり通信を投稿させて頂くようになり、本件で20通目である。20通目=20ヵ月という事で1年8ヵ月が経過している事になる。國富教会長さんからは「見て下さる方のお心が少しでもほんわかされ、それが癒しや活力になれる役割になれば意義がありますね」とコンセプトを教示頂き現在に至る。個人的にも毎回そのコンセプトに近づけているのかな?と試行錯誤真っ只中である。
日々の生活の中でも、この体験は思いやり通信に投稿できるかな?と考える習慣にもなって1年8カ月経過していると生活の一部のようになってきている事は有難い事であると受け止めている。

更に私の投稿を「見ていますよ」とう方に出会う時が稀にあり、そのお声がけを頂くと本当にこちらがほんわか癒され嬉しくなる経験もさせて頂いた。最初の頃に「人のためにとやっていると、巡り巡って自分に返ってくる」と書かせて頂いた通りだなと、そのお声を聞かせて頂けることは本当に稀有であり妙でもあり、見て下さっている方に感謝である。
そして本件に携わるようになって更に新たな習慣が生まれている。それは何かと言うと大阪に住んでいる姉との会話である。姉も毎月気にかけてくれ、大体20~25日の間に電話があり本件についてディスカッションをしている。姉も大阪教会で新たなお役を頂き、有難いことに東奔西走している。母はアナログのため帰省した時に携帯で見せるか、他者から稀に聞いているようだ。振り返ってみると無意識のうちに色々な本件を通じて波及があり、それらを継続の中から得られる事は、本当に様々な方のお陰様である。ありがとうございます。
さて2月も後半にさしかかりもう春の一歩手前である。私が勤めている会社は2月が決算のため、期末に関する事と新年度に対する様々な書類作成が重なるため憂鬱になりやすい時期である。しかしながらこの時期は大いなるエネルギーも感じる事も出来る。それは各自の新年度に対する熱意である。前期を反省して今期こそはと意気込んでいる姿を通して私も憂鬱さが飛んでしまう時もある。
しかしながら逆の人もいるので常に調整が必要な立場で冷静でなくてはならない。逆の立場の人も実はエネルギーが無いわけでも枯渇している事でもなく、今期やり切ったが来期どうかな?とか、得意先の状況が芳しくなく予算設定が難しい、などである。そういう時はまずは【聞く】から始めなければならない。聞くというのは非常に難しい事と日々暗中模索である。この【聞く】という事について非常に分かりやすく、キャッチしやすいユダヤの格言を参考にしており、紹介させて頂く。
「人には口が一つなのに耳が二つあるのは何故だ?」 それは自分が話す倍だけ他人の話を聞かなければならないからだ、という格言である。
私自身も様々な事柄から、聞くについてポジティブな疑問を持ち続けていきたい。
合掌 椙原
